当社代表桑原によるコラム「遊自耕」は、隔月発行の建築情報誌「飛翔」誌上にて連載しています。飛翔の送付をご希望の方は、飛翔送付申込フォームよりお申込下さい。(送付無料)
わが国の建設投資額は、1992年度には84兆円でしたが、年々減少し、2011年度には42兆円に半減しました。高度成長経済が低成長経済に変わってきた結果であります。
ところが、アベノミクスの経済政策が、2012年度の大型補正予算によって5.4兆円もの政府建設投資を追加させたことなどにより、2013年度の建設投資額は49兆円に拡大する見込みです。仕事量の減少に伴って縮減してしまっていた技能労働者数では消化できないような、公共工事の大盤振る舞いをしているのです。
これに、消費税増税の駆け込み需要が加わって、今、人手不足は極限に達しています。そして、この人手不足は、建設費の異常高騰を招いています。 そのため、誰も応札しない公共工事が続出し、工事費高騰を理由とした事業の中止や見直しを迫られる民間工事も相次いでいます。
官僚は、ウソを本当のように語る能力に長けています。技能労働者の人手不足で、消化能力に欠け弱体化した建設産業を、国策により立て直すというのです。
国交省は、建設業に若者を呼び戻し、技能継承を図っていくことが、建設業再生のカギだと主張しています。そして、建設業に若者が集まらない主な原因は、賃金が安いこととともに、社会保険に加入しない建設業者にあると決め付けています。
しかし、これこそ、まやかしと詭弁以外の何ものでもありません。
法律によって社会保険(雇用保険、健康保険、年金保険)に加入することを義務付けられているにもかかわらず、加入していない建設業者に対して、国交省は、経営事項審査での減点の幅をこれまでの倍に拡大して総合評定値を大幅に下げ、公共工事の入札に参加する機会を狭めています。
また、遅くとも平成29年度以降においては、社会保険未加入の業者は公共工事に参加させないし、社会保険に未加入の労働者は現場入場を認めないという方針を出しています。
その一方で、国交省は、この社会保険加入を促進するための費用を、公共工事の予定価格(落札できる上限価格)を決める際の「労務単価(技能労働者に支払う人件費の単価)」に上乗せしたと言っています。実際、昨年4月と今年2月の2度にわたる改訂で、労務単価は2012年度と比べて平均で23.2%も引上げられました。
建設業界は重層下請構造になっており、末端にいくほど利益率は低い。保険料を支払っていては、建設業者は倒産してしまう。保険未加入業者が多く存在する理由はここにあります。しかし、現状の労務単価の引き上げは、この状況を解決するものではありません。
労賃が一日15,000円の人が1ヶ月22日働くと33万円です。この人を社会保険に加入させると、保険料は、会社負担分と本人負担分を合わせて賃金の約30%分(99,000円)必要となります。
一方、労務単価の引上げ分すべてを社会保険料に充てたとしても、賃金の23.2%に過ぎず、その差額(6.8%=22,440円)は会社の持ち出しになってしまうのです。
2012年10月調査における技能労働者の保険加入率は、1次下請55%、2次下請46%、3次以下48%だそうです。
これは、多くの労働者が日雇いで、特定の建設業者に雇用されていないこと、あるいは、農林水産業との兼業者であったり、季節労働者として働いていたりといった事情によるものです。
このような状況にある建設業者、技能労働者に対して、社会保険加入を強制する。お上らしいこの施策には、より多くの社会保険料を取り立てる官僚目的しか存在しません。
公共工事を増やし労務単価を引上げることで、景気を良くする。建設業界に対するこの見せかけの施策は、庶民生活を苦しめるインフレ経済導入と引き換えになされています。
実際には、国交省の施策で技能労働者の賃金が上がる保証はありませんし、人手不足に便乗した建設コスト(原価)高騰の煽りを受け、建設業の利益は減少するだけであります。
そして、社会保険加入強制で、建設会社の経営を破壊し、技能労働者の仕事を奪う。建設業を壊しながら「再生」と主張し、官のみで進めているのに「官民上げて」と装う。許し難い収奪であります。このまやかしと詭弁を見抜き、抵抗していかなければ、建設業を改善する道も掴むことができません。
建設業再生についての自論は、またいつかとしましょう。