当社代表桑原によるコラム「遊自耕」は、隔月発行の建築情報誌「飛翔」誌上にて連載しています。飛翔の送付をご希望の方は、飛翔送付申込フォームよりお申込下さい。(送付無料)

遊自耕118号

まだまだやらねばならない 公共工事改革!

突然の「確定通知」

10月26日、私は、当社が施工した「加納中学校北舎西棟及び南舎西棟耐震補強建築主体工事」に関する「請負代金額の変更について(確定通知)」という岐阜市長名の10月24日付文書を受け取ったという報告を、東海本部マネージャーから受けました。

ちょうど、この工事の追加変更工事によって生じた請負代金の増減に関する見積内訳明細書の内容を、検討している最中のことでした。

また、翌日には、さらに別の2件の工事で同様の文書が渡されました。

当社と市との工事請負契約では、「請負代金額の変更は、発注者と受注者が協議して定める」と定められています。ですから、請負代金の変更金額を確定する前には、当然請負代金変更協議の要請があるものと考えていたのです。

協議の要請もなく、また、協議の資料となる追加変更工事の見積内訳明細書も提出していないのに、いきなり決定通知を出すなんて、こんなやり方はないのではないか!

憤った私は、抗議の意思表示と協議の実施を求める内容の市長宛ての文案を作り、市の耐震補強工事を担当している社員たちを集めて、文面の内容の確認を取りました。すると、私に知らされていない市とのやり取りが、浮かび上がってきました。

当社の社内問題

まず、現場では、施工中に随時実施してきた追加変更工事の項目と工事費の目安について、当社の現場代理人と市の監督職員がやりとりをしただけで、現場代理人とマネージャーで見積内訳明細書を作成し、提出していました。これは、代表者である私の判断の入ったものではなく、したがって会社印も押されていない書類です。

これに対して市からは、代表者の意思が反映された正式なものであるかどうか尋ねられ、正式なものを提出するよう要請されましたが、その要請が私に伝わらず、正式な見積書が出されないまま時間が経過していたのです。

また、実際は“請負代金変更協議を○月○日に開始する”という内容の代表者宛ての通知書が、現場代理人に手渡されていましたが、それが私の元に届けられないまま、協議開始日から日数が経過してしまっていたということも分かりました。

これらはまさに、当社の社内問題であると言わざるを得ず、反省しなければなりません。

協議なき金額確定

この「協議開始通知書」は、昨年度までの工事には使われなかった書面で、協議開始にあたりこのような書面が渡されるということ自体、私は知りませんでした。

昨年度までは、まず協議のための準備と下打ち合わせを両者で行い、その上で、協議開始日を合意して決めていたのです(実は、このようなやり方も、当社の数年にわたる公共工事改革活動のなかで実現したものです)。

しかし今年度の工事では、このようなことがなされず、市が協議開始日を一方的に定めています。これは、請負契約の「協議開始の日については、発注者が受注者の意見を聴いて定め、受注者に通知するものとする」という条項に反しています。

そして、より重要な問題は、「協議」はなされていないということです。市は、協議開始を通知しながら、協議実施の具体的な日時・場所の連絡を当社に行っておらず、協議の場が設定されないまま日時が経過したのです。そして市は、協議の相手方である当社から何も言ってこないのをいいことに、14日が経過するのを待って、当社に確定通知を出しました。

先ほど紹介したように、請負契約には「請負代金額の変更は、発注者と受注者が協議して定める」と記されていますが、その後に「但し、協議開始の日から14日以内に協議が整わない場合には、発注者が定め、受注者に通知する」という条文が続いています。市はこの但書きを利用して、一方的に請負代金の変更金額を確定したのでしょうが、協議を実施して双方が合意に至らなかったのでも、当社が協議に応じなかったわけでもないのですから、「協議が整わない場合」にはあたりません。

なお、市の監督職員は現場代理人から見積書を受け取り、ある程度のやり取りをしていますが、これは「協議」ではありません。現場代理人に請負代金額の変更など重要な権限の行使ができないことは、請負契約に明記されています。

今回は、当社社内に重要な問題があったため、市に対して抗議等は行いませんでしたが、形式的に手続きを進め、当社の社内問題に乗じて協議をしないで金額を確定してしまうという市の姿勢は、許しがたいものです。

このような市のやり方に対して、当社はこれからも改善を求めていこうと思っています。受注して利益を得るためだけではなく、世のため人のためになるからだと捉えているからです。

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